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海外を見て日本を知る

カテゴリー: - admin @ 2010年3月7日(日曜日) 16時40分51秒

 はじめまして。皆様とほとんど年齢の変わらない奴がアドバイスだなんて何事だ、と思われるかもしれませんね。
 小さなことからでも何かのヒントに繋がっていけば良いと思い活動に参加させていただきました。

 バンクーバーオリンピック、観ましたか?
 多くの素晴らしい日本の代表選手が頑張られる姿を見て、声援を送ったり感動したのでは?
 ところで、地元カナダの人々の応援ファッションに心惹かれた方もいるのではないでしょうか?
 赤と白、メープルの葉も欠かせません!もちろん私もそんなファッションに惹かれるひとりであり、以前旅した時からカナダ人が国旗を上手にファッションへ取り入れていることには感動していました。旅先では、ついつい現地人とお揃い、赤と白とメープルリーフを買ってしまいますものね。
 アメリカチームのスノーボードウェアもよく見ると星条旗になっていてそのさりげなさが素敵でした。と同時に羨ましくもありました。

 外国の方(日本人以外と言う方が適当でしょうか?)は自分の国の国旗をインテリアにしていたり、ファッションに取り入れたりするのが上手です。
 以前私は国民の休日に国旗を掲げる家庭が減ったという話を聞いたことで、実際に自分の家でも国旗を掲げたことが無いにも関わらず、マンションの窓に日本の国旗を…という少しふざけた提案をしたことがあります。しかし、それが一室だけならば異様と思われてしまうかもしれない光景なのですが、全室となればドット柄のアートになると思いませんか?そのような遊び心も必要だと思うのです、日本。

 日本の国旗がファッショナブルでは無いという話では決してないし、政治的な話に触れるつもりもありません。ただ単純に日本人ももう少し自分の国を上手に好きになってもいいのではないかと考える機会が増えました。なぜこういう話をしてみようかと思う時に気を使ったり、躊躇したり、わざわざ断りをしていたりするのか、そんな自分が時々情けないです。
 ギリシャにも負けないほどのの神話が日本にもあり、その面白さや奥深さを最近になって知ることとなり、今頃知った悔しさと、今知れた喜び。今私が住むこの周辺だけでもメルヘンを感じてしまうような昔からの伝統や話があるわけで、それが日本中となると…とわくわくしてくる。

 まだまだ私の素敵な日本探しは続きます。


人生の贈りもの...

カテゴリー: - admin @ 16時25分16秒

日々生きていく中での出会い。
出会いには心と心を結ぶ大切な架け橋。
そこには、やさしさ 笑顔 夢 その他たくさんの本当の幸せの鍵があることでしょう。

やさしさについて…
人を愛しほんの小さな気づかいが一緒にいる方も心豊かになり、幸せになります。

笑顔について…
心はそのままお顔の表情に出てしまいます。
“笑顔”が印象的な方はなぜか、その魅力が幸せを感じます。蜜に吸い寄せられる蝶のように幸せがどんどんやってきます。

あなたの最高の笑顔を、鏡の中の自分に向って言葉をかけてみてください。

言葉について…
思いやりがあり、やさしく心からの想いの言葉が感情になり、相手への素敵なプレゼントになります。
自分自身どんどん輝き幸せになります。

夢について…
夢を語り、叶えたい、叶えよう、叶う、など、とてもワクワクします。

お互いの共通の夢をつくりあげていくことはとても幸せです。
夢を語ったら、心より一緒に応援することにより輝き続けます。
出会った方を大切に(友人、恋人、夫婦など)、愛を育むというすばらしい人生を歩みましょう。

出会いについての本当の幸せを私は体験しました。
私は、不思議な魅力をもつプリザーブドフラワーに出会いました。
それからの私は人の心を一瞬の間でも微笑ますことのできる花を目標に創作に熱中しました。
やがて私には、プリザーブドフラワーに魅せられた人達が集まり、たくさんの方々に教えるようになりました。
その中からあふれる情熱と創造力みなぎるすばらしい先生たちが誕生したのです。
特別な日に最高のシーンを一緒にと夢を描いています。
私にはこんなに素敵な贈りものがありました。

:arrow:松岡 真理 魔法レシピ
サムシング・フォーの幸せのジンクス
〜幸せの4つのおまじない〜

サムシング・フォー(Something Four)は、結婚式における欧米の習慣。
4つの何か(Something)を花嫁が結婚式当日に身につけていくと
幸せな生活が送れると言い伝えられています。

 ●サムシング・ブルー(Something Blue) 何か青いもの
  青は「青い鳥」同様幸せを呼ぶ色と言われており、忠実・信頼を
  象徴とされる色でもあります。聖母マリアのシンボルカラーである青、
  つまり純潔を表します。その青は人目に付かぬよう花嫁の身に付ける
  こととされており、ガーターに青のリボンを飾るのがポピュラー。
  ブーケの中に青い花をさりげなく入れるのもいいですね。

 ●サムシング・オールド(Something Old) 何か古いもの
   祖先から受け継がれた幸せ、富の象徴。
   これから始まる生活の豊かさを願って、祖先から伝えられたものを
   受け継ぐという意味です。祖母や母の装飾品が一般的ですが、
   結婚衣装や衣装に使われたヴェールやリボンなどを使うことも
   あります。

 ●サムシング・ニュー(Something New) 何か新しいもの
  新生活における幸せの象徴。
  これから始まる2人の未来、新しい生活へ踏み出す大事な第一歩を
  表します。幸せな毎日が過ごせますようにという願いを込め、
  新しく用意したものをおろします。ドレスやヴェール、下着や靴まで
  結婚式当日に新しく使用するものなら何でもOKです。

 ●サムシング・ボローゥ(Something Borrow) 何か借りたもの
  経済的に豊かになるための隣人愛の象徴。
  幸せな結婚生活を送っている友人などから、その幸運を分けてもらう
  という意味を表します。家族だけでなく周囲の人々から愛されると
  いうおまじないでもあるのです。
  既に幸せな結婚をされている方の持ち物を借りることにより、その
  幸せにあやかる。
  ハンカチやアクセサリ―、結婚式で使用した身の回りのもの(ヴェール
  や手袋など)を借りましょう。


認めるということ

カテゴリー: - admin @ 2010年2月22日(月曜日) 11時13分45秒

 「今の自分や状況を認めましょう。」「周りの人の事を認めましょう。」

 悩んでいる人へのアドバイスとしてよく聞く台詞です。しかし、自分の嫌なところや嫌いな人の嫌な行動を認めることは出来ないでも認めなくちゃダメ。というような押し問答に繋がりやすい。
 どの様にすれば認められるかという方法論や練習法はあるのですが、それ以前にこの押し問答の時に「認める」という言葉自体の意味を共有していないことが多いのです。「認める」という言葉を使っているカウンセラー等の専門家ですら言葉の意味をぶれて使っていることもあるようですので気をつける必要があります。

 「認める」という言葉を広辞苑で調べてみると次のようなことが書かれています。
 ?よく気をつけて見る。?目にとめる。?見て判断する。?見てよしとする。かまわないとして許す。受け入れる。?見所があると考える。

 特に?と?に注目してください。
 ?は認識するとか意識するという言う意味で、?は許可するという意味です。全く別のものですよね。出来れば見たくない自分の短所や弱点を許可するのは、とても難しいことで、認めろという言葉一つで受け入れられるものではありませんよね。
 他にも、自分の悪口を言う人や嫌な事をしてくる人を許可できるのでしょうか。この場合、まずは?ではなく?の意味で使う事をお勧めします。許可するという意味ではなく、今はその状態なのだと把握するという意味として使うのです。
 現状を把握できなければ対処が出来ませんよね。見たくないと目を背けると、事態を好転させるには運を天に任せて待つこと、所謂、時間が解決してくれる事を信じるしか方法がなくなります。そうではなく、好ましくない事態に積極的にかかわり好転させるためには、まずその事態を出来るだけ正確に把握した方が良いのは、説明は要らないでしょう。

 そして、もう一つ上の段階といえば良いでしょうか(まぁ、どちらが上でも前でも構わないのですが)、?の意味、許可するという意味で使えるようになると気持ちに余裕が出来てきます。
 気持ちに余裕が出てきてから、その後に許可できるという状態になるということもありますので、心に余裕を持つ方法も大切なのですがそれはまた別の機会にしましょう。
 自分の格好悪いところや自分の悪口を言っている人を、例え自分の中だけでも許可してしまうと、これから永遠に許し、繰り返し嫌な思いをし続けることになる恐れがあると感じてしまいます。そこを、まず今と過去は仕方ないと言い換えてみてください。その上で、ここから先は少しでも変えていくための対処を考える。
 現状は許可するしかない、けれど現状維持はしないようにと捉えると、現在と過去のことが許可しやすくなります。

 悪い事を許可すること、悪を見逃すことは、皆さんの正義感が許せないかも知れませんが、悪は懲らしめるものだ、罰するものだと許せずにいることと、過去と今を許して未来を変えていく方法をとることではどちらが事態を好転させやすいかは各自のスタイルを探してみてくださいね。


「あなたらしさ」伝わるコミュニケーションを

カテゴリー: - admin @ 10時55分51秒

 はじめまして。安楽みゆきです。

 2007年秋にコーチとなり、20代から40代ぐらいの男女を対象に個人コーチングやセミナーを開催しています。コーチはおもに対話を中心としたコミュニケーションを通して、相手の方が望む結果を手に入れるまでサポートをするのが使命です。
 私はおもに対人ストレスを感じている人に対して、心の悩みを軽くし、よりよい人間関係の中で自分を生かすためのコーチングを行っています。

 以前は、人間関係のストレスといえば、職場ならば上司や同僚、家庭内でいえば姑や舅との関わりがダントツ1位をあげる人が多かったものです。ところが現在は、自分で選べるはずの友達や恋人、配偶者に対しても、「一緒にいると疲れる。」とぼやく人が増えていることに危惧を感じます。
 長引く不況、先行きの見えない未来が、多くの人の心にも影を落とし、「信じられるのは結局自分ひとりだけ。」と、結婚や家庭に意味を見出せなくなった若い人が増え、晩婚、少子化にますます拍車がかかってきたようで、ますます孤独な世相になってきています。
 時代の流れで、価値観も変化していくのは仕方のないことですが、恋愛や夫婦関係に限らず、人間が生きていく上で、悩みを相談できる、気持ちの通じる人間関係の基盤があることは、心豊かに生きるうえで、とても大切なこと。

 20代、30代で、恋人や生涯の伴侶の前に、気の置けない親友という存在を持っている人がどれだけあるだろう?と最近よく感じます。以前は、「親友」といえば、利害関係を考えることなくつきあえる学生時代からのつきあいをあげる人が多いものです。しかし、今は、中学や高校生のつきあいからすでに、友達同士であっても「空気や場を読む」努力が必要で、携帯メールの返信にも絶えず気をつかうのだとか。

 これを読んでくださっているあなたは、10代、20代、30代のいずれかでしょうか・・・

 あなたにとって、親友といえる存在はありますか?親友とまでいかなくても、気の置けない友達、何でも相談しやすい相手、が特に同世代にいるかどうかを少し、思い浮かべてみて下さい。

 そして、もし、そういう人がいないかも知れない、というあなたであるならば、心配しないでけっこう。
 これから、いくらでもつくることができます。そしてそうした存在を必要とするならば、ぜひ、心がけて頂きたいのはあなたの個性、魅力をおそれることなく、「周囲にアピールする」ということです。

 ではどうやって、あなたの個性や魅力をアピールすればいいか、というと、あなたがあなた自身をよく知ることが何より先決です。周囲に期待されているあなたの役割を果たす前に、あなた自身がそれを心地よいと思うかどうか、これから先、どういう自分になりたいのかを、じっくり考えてから、行動してもらいたいと思います。

 いろいろな情報があふれかえる現代は、「ああするべき」「こうした方がよい」という他人の意見に振り回されます。

 だからこそ、自分自身がどう感じるか、それを的確に表現できる人は魅力的です。どこかで聞いたような、誰かがいっていたような「受け売り」ではなくて、あなたはどう思うのか、感じるのかを、周囲の反応を恐れずに、発信してみて下さい。万人に受け入れられる必要はありません。その信号は、あなたらしいあなたに関心をもってくれる人、本来のあなたを好きになってくれる人があなたを見つけるために、発信しているのですから。

 どんなに時代が進化していこうが、私たちが他人との関係の中で一番望んでいることは、「理解し、理解されたい。」という人間としての根源的な欲求です。そして理解しあう関係の中で大切なのは、まずは自分が相手に対して、自分自身の内側を開示しようと踏み出す一歩です。

 そして深い信頼関係で結ばれた人間関係の基盤があれば、たとえその他の人間関係でトラブルに見舞われたとしても、心の傷の大部分を、修復することができます。対人関係のストレスは、対人関係で癒す。お互いに癒し癒されるコミュニケーションがとれる相手を、若い今からじっくりと、確保していってもらいたいです。


信じること・疑うこと

カテゴリー: - admin @ 10時49分37秒

 「信じる」という言葉と「疑う」という言葉の意味は正反対ですが、言葉から来るイメージも同じように真反対と言えます。

 「信じる」は、「人を信じる」「あなたを信じる」のように望ましいイメージがあります。その反面、「疑う」は、「人を疑う」「あなたを疑う」のように否定的な、嫌なイメージが付きまといます。
 「疑う」という言葉は出来れば使いたくない言葉であり、「信じる」という言葉に比べると悪印象は否定できません。
 勿論、信じることは大事なことです。しかし、それ以上に疑うことも必要であり大事なことなのです。なぜならば、一度真剣に疑うことを通過して初めて信じることができるからです。

 例えば、高校入試などの入学試験、または司法試験などの国家資格試験は、志願者の資質や能力について疑いを持っている採用者がペーパーテストや面接という形式で志願者を試すものです。つまり採用者は初めから志願者の資質と能力を信じていません。
 また、工場で生産された製品も必ず品質チェックを受けます。信じているならばチェックをする必要は無いはずです。信頼のためには、疑いをもって品質を厳しく見定める作業が必要となるわけです。
 他にも例えば、初めて会った人が愛想よく近づいてきました。でもその人を最初から全面的に信用することは難しいと思います。失礼とは思いながらも、どこの誰なのか、どんな人柄かを観察しながら見定めようとする行為は疑う行為といえるでしょう。

 このように、疑うという作業は日常的に行われているものであり、決して非難されるような行為ではない事が分かります。この作業が無事に終了すれば、その後に人はそれらを信じ始めます。一度、対象のヒト、モノを信じると、そのヒト、モノにはやがて価値が生まれてきます。

 高校に合格すること、司法試験に合格し弁護士になること、工場で生産された製品が商品となって市場で販売されること、初めて会った人をやがて信用できる人だと評価することは全て価値です。これらは、先ず最初に「疑う」という工程を経て、築き上げられた信頼が具現化された価値です。
 人は、自分がこの世で価値ある人間でありたいと思うものでありますし、人が作り出すモノも情報も価値あるものであってほしいでしょう。そうであれば、目指すべきことは1つしかあり得ません。

 それは信頼されることです。だが、その前に疑うという作業を通じて、信頼は得られるものであるのならば、疑われるという経験も、厳しいようですが、必要なのではないでしょうか。 
 何も疑わずに全面的に信頼するということは美しいものです。しかし、それは誰にでもできることではありません。観察力、洞察力の磨かれた、ごく一部の百戦錬磨の達人の能力だといえるでしょう。
 やはり、一般には、何も疑わずに全面的に信頼する行為は危険な行為であるという共通認識がこの社会には歴然と存在します。それは、モノにも情報にも、他人にも、そして自分自身についても同じことが言えます。
 今、自分の有している価値観、考え、他人への評価の中に、一度疑ってみるべきものはないでしょうか。
 自分の判断は絶対に正しいでしょうか。信じられるでしょうか。いつの間にか、間違った考えに囚われたり、誤った行動をしている可能性はないでしょうか。それから、他人、モノ、情報に対して疑うことも大事です。

 厳しく疑ってみましょう。やがてその疑いが晴れたらば、今度は全力で信じるべきです。怖れずに信じるべきです。そこに信念が生まれます。信念も大変貴重な価値です。信念があれば勇気が生まれます。こうして価値の循環的創造が行われればこれほど凄いことはありません。その端緒となるのが「疑う」という行為なのです。つまり、疑うことは価値の創造の一端を担っているわけです。

 私たちがこの世に生きている価値、存在している価値の創造には、このように「疑う」という厳しい関門が立ちはだかるのですが、その関門をくぐらないことには、本当の価値というものは生まれてすらこないのです。


日本の明るい未来を希望して

カテゴリー: - admin @ 10時44分26秒

 先日、格安ツアーで中国の上海に行ってきました。
 最近は円高と不景気の影響で、海外へのツアー料金が十数年前と比べると半分以下になったおかげで、ここ数年の間にアメリカ、マレーシア、エジプト、韓国等へも行くことができました。
 日本の生活レベル、国際マナー、人々の考え方等は他の国へ行くと違いが比べられてよくわかるので、とても勉強になります。「日本の常識は世界の非常識」ということが実感させられることが時々あります。

 上海は今、テレビや新聞等で報じられているとおり、カラフルな高層ビルが所せましと立ち並び、道路も車でいっぱい、新旧入り混じった街並みはスモックでもやがかかっており、大都会そのもの様子を表していました。また、5月の万博に向けて、街のあちらこちらで急ピッチで工事が進められていました。

 現地のガイドさんの話によると上海の若い人の80%は大学に行き、良い仕事に就く為に必死で勉強するそうです。 肉体労働等のきつい仕事程月給が安く、公務員等の体の楽な仕事程月給が高く、その差は30倍もあるそうです。上海ではマンションを賃貸するシステムがないとのことで、2千万円〜3千万円のマンションを買って家族と暮らすのが普通ということです。持ち家がないと結婚できないので、働いて買えるようになる頃には30歳くらいになってしまうので、結婚年齢も高くなってしまうのだそうです。土地は借地権のみで、買えないので最後には国に返さなくてはならないということを考えると、日本の不動産よりずいぶん高いと感じました。

 半年前に韓国の済州島に行った時、ガイドさんが、韓国では大学の進学率が90%で日本よりも高いという話をしていたことを思いだしました。子供は絶対他の人に負けてはいけない、勝って一番にならないといけないと言われて育てられ、親は教育費に一番お金をかけるそうです。

 母からもよく戦争中や戦後の話を聞かされましたが、第二次世界大戦後の日本は、物がなくて貧しい生活を強いられた人が多かったので、皆豊かになりたいという強い思いがあったのだと思います。私は大学に行けなかったので、受験戦争とは無縁でしたが、30年位前は日本でも競争して一番になるとことが大事という時代がありました。人を蹴落としてまでも一番になるという考えやすべて比較して評価する考えには賛同できませんが、競争することでやる気を出すことが少しは必要かもしれません。

 近代化の影には公害等の様々なひずみも生じて、良い事ばかりではないと考えられますが、アジアの経済面のめざましい発展や人々のモチベーションの高さ、エネルギッシュな部分に私は脅威を感じないではいられません。ウサギと亀の童話を思い出して、このままでいいはずはないと思いました。
 経済大国、暮らしやすい日本と言われてきた日本がまた貧しい国に逆戻りし、元気のない若者たちと治療を受けられない病人が増え、犯罪が横行しているそんな国にはなってほしくないです。

 どうか、若い方たちには特に「井の中の蛙」にならないように、もっと世界を旅してほしいです。日本にはとても便利なものがそろっていますし、おいしい食べ物がたくあり、トイレのウォシュレットも広く普及して清潔で、電車の到着・発車時刻も正確、有難いことがたくさんある国だと感じます。
 団塊の世代の方たちが一生懸命築き上げてくれた様々な恩恵にあずからせてもらったお返しに、次の世代からまたその次の世代へと人々が幸せに豊かに暮らせるように、若い方たちの感覚を生かしながら世の中を進化させていきませんか。どうせ未来は老人だらけで、暗くて苦しい生活が待っている等と決めつけずに、どういう未来にしたいのか、創造と希望と目標を掲げて行動に移し変化させていくことが大事だと思います。

 明るいイメージを持って進んでいかなければ、明日という字のとおり、明るい日はないのですから。


今どきのモテ思考 掴むための『術』とは

カテゴリー: - admin @ 2010年2月16日(火曜日) 17時59分28秒

 昨今、“婚活”という言葉も、云われるになって久しい。
 就職活動ならぬ、結婚に向けての活動を意味する言葉なのだが、言葉の先行ありきで見渡せば結果(成果)が今ひとつの状況だ。
 観るだけ、聞くだけでは先には進まない。結婚願望が自分の中に有るのか無いのか。切羽詰まってからでは選択肢に誤差が生じてくることを考えておくべきかも。それも人生、悪くは無いのかもね。

 それは兎も角として結婚を希望する男女が多くなる一方で、思いとは別に次なるステップへと進むことを怠ってはいまいか。
 今、大国といわれている国々にも未婚化・晩婚化が広がっているとの話題をニュースで聞く。少子高齢化を留めていかねばと危機感を覚えるのだが…。

 茨城県の出生率においては、統計調査で全国平均を下回る数字が出されている。
 この統計調査で「結婚しない理由」として“適当な相手に巡り会わない”との答えが大半を占めるという。日々の業務でもよく聞く言葉ではあるが。
 そんな時、相談員として語っていることは(語る:ひとつの話として相手に伝える)昔の人はいいことを言ったものだ。「身の丈に合った」・「分相応」・「人のふり見て我がふり直せ」…。
 自分自身が誰かにとって「適当な人」に成り得ているだろうか。「自分ってどんな人」からか考えていこう。

 ということで、これを守れば「モテ男」・「モテ女」間違いないという秘策を伝授しよう。

 モテ男になるには…

※ 基本中の基本、ウソは吐くべからず。誠実を第一とすべし。
※ 「記念日」を軽視してはならない。女心はデリケートなのだ。
※ 母が母が…マザコン度を第六感によって鋭く見抜かれている。
※ どうでもいいような小さいことには、構う事無かれ。
※ 批判・比較をグダグダと言わぬ事。女々しい限りだ。

 モテ女になるには…
※ 自分自身をいうものをしっかりと持つこと。いつまでも「群れ」の習性を持たぬこと。
※ サバサバ・ハキハキ・バリバリと男性思考のあなた。「女性」の細やかさを忘れないで頂きたい。
※ 「優しい人が好き」などと曖昧なことを言わぬ事。自分のなかに「優しい人の定義」をしっかり持とう。ある日突然、「そんな人だと思わなかった」なんぞと言われる男性は、立ち直りが出来なくなるほど辛く、きつい。
※ 物事は前向きに、良心的にみること。やたらめったらと不平不満が多く、些細なこともケチをつけたがる彼女だと、横でいちいち聞いているカレシは精神不安になる。身体に悪い。

 「まとめ」よう…
 恋愛関係も、人と人のお付き合いの延長だということを肝に銘じておくべし。過度のお互いの甘えは お も い。
 ポジティブな気持ち(自信を持って・行動力を伴って・決断力を持って・積み重ねる努力あるのみ)を持つことによって、上手くまわる。…多分…きっと上手くまわると信じている。

 男性よ、女性はリアリストなのよ。
 女性よ、男性はロマンチストなのよ。


仕事を通じて

カテゴリー: - admin @ 09時49分37秒

 皆さん、お元気ですか?
 毎日どうお過ごしですか?

 今回は、私の事をお話ししますね。

 今年の1月いっぱいで、私がランチの接客として働いていた店が、openから4年ちょっとで閉店しました。この御時世なので、しょうがないとしか言いようがないのですが…。

 閉店すると聞いてからの毎日は、色々な思い出が蘇ってくる中での仕事でした。
 始めの頃は、仕事を覚える事で、いっぱいいっぱい。失敗もクレームもあり、謝ることも多くありました。色々なタイプのお客さんと接する中で、何となく仕事が嫌になることもありました。
 これは…よくない…と思い、私は自分に課題をたてる事にしたんです。

 『来てくれたお客さんに、気分良く食べてもらい、笑顔で帰ってもらうこと』
 
 この課題を毎日達成するには、どうしたらいいのか?
 考え出た方法は、『喜怒哀楽』の感情の中の『喜』と『楽』だけを表情に出して接客する事でした。
 そうなると、どうすれば、『怒』と『哀』を出さずに済むか?
 それは、お客さんに『怒』と『哀』を出させないようにすればいい。その為には、お客さんよく見ている事。もちろんをジーッと食べている姿を見ているのは不快な思いをさせてしまうので、さりげなくチラチラッと。
 すると、結構気づけるもの。お客さんの要求がタイミングよく分かるようになったのです。ちょっとした心配り(気が利く)で、感謝されるようにもなりました。

 そう、『怒』と『哀』は、我慢なの??と思ってしまうかもしれませんが、この2つを先まわりして気づきのキッカケにすると、これらを生まないようにする事が出来るのです。状況・相手・自分。かなり違ってくるでしょう。

 今回は、私の接客経験からお話ししましたが、これは接客だけでなく、普段の生活の中で、対人関係を良好にする1つのヒントになります。
 相手をよく見て、相手の事をちょっと考えて言動した時、お互い気分良く過ごすことが出来る。ほんのちょっとの心配り。結局は、自分の為になるのです。たくさんの気づきは、全て自分に返ってくる。これもまた、自分力UPに繋がります。

 話は、始めに戻りますが、店が閉店すると聞いた時、実は、これから仕事どうしよう…ではなく、寂しさが込み上げ、とても悲しい気分になりました。
 お昼に来る常連さん達は、(名前を知らないのですが)必ず、言葉を残してくれました。優しい言葉を。
 サービスや心地良さを提供しているつもりが、お客さんから、元気を貰っていたのだと、私は改めて気づきました。
 人とのふれあいは、心がけ次第で、お互い心温まるもの。4年間仕事をしながら、とても貴重な体験が出来た私は、幸せ者だと思っています。

 皆さんも、日々の中で、たくさんの出会いがあるはず。どんな出会いも自分にとって、とても大切なもの。ちょっとした心配りを頭において、よい対人関係の輪を広げてみませんか。笑顔と言動で。


一日0.2%の積み重ねが人生を変える

カテゴリー: - admin @ 09時36分41秒

 「なに、コミュニケーション講座かぁ、最近勉強してないし、なんか参加費も安いし、仕事終わって夜だから、ちょっと行ってみっかぁ」。
 参加の動機はともあれ、日々忙しいなか、勉強しようという意気込みが出ただけでもたいしたものです。

 第1回目の自己紹介も、緊張しながらなんとかこなし、知らない人ともなんとか会話ができ、「うん、たまには講座もいいな」と満更でもなく、習ったことを次の日にちょっと試してみたりする。 でも次の日は営業回りで大忙し。「日報をまとめなきゃ」「次の攻略方法をどうするかなぁ」なんて、忙しくてもう次の講座の準備どころの騒ぎじゃない。
 こうして忙殺の彼方に忘れ去られていく。講座を修了したあと2〜3週間は、学習したことを活かそうという意欲はあるが、それも尻すぼみ。

 すべてとは言わないが、われわれの勉強姿勢なんて、ほぼこんなもんです。こうしてアッという間に年を経て、やがて仕事で重大な局面に立ったとき、転職を余儀なくされたとき、など人生の転機に直面した場合「あぁ〜もうちょっと勉強しておけばよかったなぁ」「あれを続けてやっていればなぁ」というのがオチです。
 どうもわれわれの習性というのは、普段なにかをやろうと思ったとき、しゃかりきにがんばるか、やらないかの二者択一で、ほんの少しやってもやらなくても、あまり変わらないし、意味がないと考えがちです。だから、「なにも今日やらなくても」とつい先延ばしにしてしまいます。「まぁいいか」「それがどうした」「人それぞれ」「いずれそのうちに」が常套句となってしまい、やがて人生の黄昏を迎えてしまう。

 さて、そこで「一日0.2%」の話になる。
 誰しも、いくら少ないとはいえ預金金利は気になるが、自分の行動の付加価値利息にはとんと無関心だ。一日0.2%の複利計算で考えてみよう。
 きょうできることを100とすると、あしたは100.2できることになる。毎日0.2%ずつ良い行動を積み重ねていくと、10日後には101.8と、ちょっとはましになる。これを根気よくコツコツ積み重ねていくと1年365日後にはなんと207.3になる。1年で倍です。これでいくと、2年で約4.3倍、3年で約9倍となる。複利侮れずというところですね。

 何事も、「やらねば」と構えてしまうから、初めの2〜3日はがんばるが、人間そうそう無理がきくものではない。気がついたら三日坊主で、元の木阿弥という次第。もう、こういうパターンに陥るのはやめにしよう。
 毎日ほんの少しずつ改善、改革、合理化して、きょうの0.2%upをムダにしないように、毎日根気よく0.2%を上積みしていく。健康のため、毎週土日に10km走るのもいいが、毎日の通勤の帰りにでも一駅手前で降りて歩く、お腹が出てきたからといって、急に食べる量を半減するのではなく、ご飯を茶碗に7分目くらいにする。肉を一切れ減らして野菜の小鉢をつける。このくらいならできそうだ。これを続ける。
 体だけでなく、「こころ」もそうだ。自分のため、ちょっとした努力をする、新しいことを始める。この積み重ねが幸せな人生を築く。

 播いた種はかならず生える、良い行動は良い結果を生む。「いずれそのうちに」は禁句にしよう。さあ、なりたい自分の姿を鮮明にイメージして、きょうから0.2%upだ。


数字でみる男女の出会い

カテゴリー: - admin @ 09時32分00秒

 学生と話をしていると「出会いがない!」というコトバをよく耳にします。大学と自宅の往復だけ、または大学とアルバイトと自宅のトライアングルを毎日行き来しているだけと話します。働いている人たちからも同様の声は聞こえてきます。

 そこで、今回は数字から出会いについて考えてみたいと思います。

 人口統計調査によると、2009年の日本の総人口は約1億2千700万人です(1)。
 そのうち18歳〜34歳人口が約2千540万人です(2)。
 性別によるデータは見当たらなかったので、仮に男女の割合を半分ずつと考えると、男女ともに1千270万人ということになります(3)。
 そのうち半分を既婚者とすると、男女ともに635万人が独身ということになります(4)。
 つまり結婚対象者は、18歳〜34歳の間だけでも600万人以上いるということです。さらに40歳くらいまで対象年齢を上げると、さらに対象者は増えるということになります。ここでは、この635万人を対象として分析を進めていきます。
 この対象人数に対して、結婚をアプローチする期間を仮に30年間と想定してみましょう。30年間を日割り計算すると、365日×30年で、10,950日になります(5)。
 そして635万人の対象者に対して、30年間毎日アプローチをするとした場合、635万人÷10,950日となり、1日当たり579人にアプローチが可能だという計算になります(6)。
 さすがにこの人数と1日に出会うことは難しいと思うので、少なく見積もってその1/10を対象者としてみます。それでも1日当たり57人という数字が出てきます(7)。それをまとめると下記のようになります。
  
  (1)2009年 日本の総人口      約127,000,000人
  (2)18歳〜34歳人口        約 25,400,000人
  (3)男女の割合を50%ずつと仮定   約 12,700,000人
  (4)既婚者と独身者を50%ずつと仮定 約  6,350,000人
  (5)30年間の日割り計算(365日×30年)     10,950日
  (6)1日当たりのアプローチ数(6,350,000人÷10,950日) 579人
(7)その10分の1                    57人

 私は以前、自分の授業でこのことを、上記のような数字を示しながら学生たちに話したことがありました。
 受講生の多くは男子学生であったので、「皆さんは1日あたり57人の女性にアプローチすることが可能です。そのためには大学内は勿論、帰りのバス停や電車でも声をかけること…、ダメだったら自宅最寄り駅でも声をかけること…、今日がダメだったら明日また別の女性にアプローチしてください。それを毎日繰り返してもまだ日本人の結婚対象者の10分の1しかアプローチしていないことになるのです。」

 授業後の学生の感想を読むと、「それではチャラ男です」や「先生はナンパをしなさいといっているのでしょうか」というものがいくつかありましたが、なかには「このように考えると、出会いを怖がらなくてもいいのですね」や「いままで異性と出会うことを深刻に考えすぎていました」または「今まで嫌われることや拒否されることが怖くて臆病になっていましたが、少し気が楽になりました」というものもみられました。
 
 私が学生に理解して欲しかったことは、後者の感想の内容でした。結婚や恋愛は数や量で行うものではありません。当然質が大切になっていきます。しかし、その質を確認しあう前に「どうせボクでは…」や「嫌われたらどうしよう…」といった自信のなさから臆病になってしまい、アプローチ以前に声もかけられないというのが本音なのです。
 だから出会いは数字の示すとおり多くの可能性があるのに、冒頭のような「出会いがない」という結果が生じるのだと思います。量をこなせる人は、その中から質を高めていけるような関係に発展させることが大切ですが、それ以前にアプローチをしない人は、質を確認するところまで行けません。またアプローチをしない人は、その原因を自分自身に向けてしまいがちです。
 つまり「どうせ私では…」というように原因のベクトルを自分に向けて、さらに自信をなくしているのです。そのように考えてしまう人は、数字が示すように今日の57人がダメだったら、明日の57人に期待するというように、出会いを自他共に楽しみながら興味・関心のベクトルを相手や他者に向けていくことが大切なのではないでしょうか。

 時に数字という客観化した指標を用いながら、自分なりに生きやすい方法を探ってみるのも楽しいと思います。次回は「好き」から「嫌いじゃない」への転換をテーマに恋愛を考えてみたいと思います。


Dream On

カテゴリー: - admin @ 2010年1月14日(木曜日) 13時35分39秒

 2007年8月1日、茨城県鹿島郡波崎町と茨城県鹿島郡神栖町が合併し、「神栖市」が誕生。
そして合併するとともに、合併前までそれぞれの「町」で行われていた自治体主催の「成人式」「福祉の集い」「産業際」「文化祭」などが旧神栖町に集約され、あらたに「神栖市」として開催されるようになりました。ところが合併したことで催し物は神栖地区(旧神栖町)に集約されて開催、波崎地区(旧波崎町)では公的な催しがなくなり、その結果「まちのにぎわい」や「地域の人たちの活気(元気)」が少なくなってきました。

 そこで2008年秋、波崎地区に住む複数の人たちから「このままではこのまちに元気(活気)がなくなる、なんとかしよう!」と声が上がり「まちを元気にするために何かをしよう!」とまちおこしグループを作る動きが出て来ました。

 そのメンバーの多くは30〜40代の人たち。そこに私たちも加わり「どうすればいいのか!」と会議&会議と称した宴会を続け、その間には行政にも「何かやって欲しい!」と呼びかけ続けたのですが、なかなかいい答えが出ず、なら「私たちで出来ることをやってみようか!」「行政に頼らず、みんなで力を出し合い、お金を出し合い、そして知恵を出し合って何かをしよう!」
 初めての会議から半年が過ぎた2009年春、こういった意見にまとまったのでした。

 こうしてまだ名前もないグループが「まちを元気に!」という目的で本格的な活動を始めたのでした。ただ、ここからが大変なのでした。あるのは「熱い思い」だけ、ないのは「資金」という、これで本当になにかやれるのだろうかというものでした。
 また、この時点で決めたのが、合併前に行っていた「産業際」&「文化祭」を地産物(農業・漁業)等の販売を主とした「収穫祭」と「コンサート」の2つ。
 コンサートはその後、庄野真代さん(30年来の知り合いなのです)の協力で、地元のフラダンス&太鼓をオープニングアクトにしてのコンサートとなり、団体の名称も「波崎秋の収穫祭実行委員会」として平成21年9月27日(日)に2つを同日開催。

 当日は「どれだけの人がくるのだろうか?」といった不安も天候にも恵まれ3時間で5,000名以上の人たちが来てくれました。また「コンサート」も企画段階から本番まで手作りといった感じで行い、予算(経費)も自治体が行う場合と比べて3分の1に抑えることが出来(出演料を抑えてくれた「真代さん」のおかげです)、800人収容のホールがほぼ満席といった具合で、収穫祭とともに1回目としては「成功(参加人数&内容とも」のうちに終了することができました。

 しかし、こういったものは続けてこそ意味があるのです。2回目・3回目と続けていくことで地域に活気が生まれ、そしてその輪が広がっていくことになるのです。
 それを地元に住む人たち、私たちも含めて力を合わせ、作り上げていくことが大切なのです。そして1回1回何かをやりとげたあと、達成感が生まれるのです。

 大事なのは「何かを始める、そして続けていく」こと。そしてもうひとつは「型の力を抜いて楽しく」です。
自分たちが楽しむことで、結果として多くの人があつまり、まちが元気になっていくのです。これはもう「快感」なのです。

 その快感のために「次は何をしようか!」とみんなで集まり「わいわいがやがや&なんだかんだ」しています。


一緒に夢叶えましょう

カテゴリー: - admin @ 2009年9月10日(木曜日) 17時00分05秒

 私は、プリザーブドフラワーを通してたくさんの方々と出会うことができました。その出会いひとつひとつにはとても感謝致しております。
 そっと見守ってくれる自然の存在、いくつもの出会いの積み重ねは、夢や理想を叶えてくれる魔法です。

 最高のシーンを描くフラワー演出には、(触れたときの質感、耳をそっとすました時の音色、嗅いだときのほのかなかおり、味わう感覚、目で見て感じた時)生きている 素晴らしさが心地よく感じられる瞬間なのです。そこには、いろいろな情景が心のスクリーンに映りだされます。思い出やこの瞬間からの未来など、一人ひとりの夢や幸せいっぱいの予感を感じる事ができます。(本心と向き合う自分との出会いを大きな喜びとして噛みしめていただきたいと願うのです)

 同じ夢や思いを持つ方々と夢をかなえる、そんな素敵な出会いが、心と心を結ぶ架け橋となりますことを永遠に願います。
 これからも、一人ひとりの心に、天使のようなやさしさを永遠に贈りつづけたい……。 プリザーブドフラワーの世界をもっともっと広げていきたい。それが、いつまでも変わらない私の願いです。

 
 
 『プリザーブドフラワーとは…。』
 プリザーブドフラワーとは,生花に特殊な加工を施したお花です。
 日本語にすると,「保存されたお花」という意味です。
 ソフトな質感と豊富なカラーバリエーションが特徴のこの花は,メインはバラですが,バラ以外に,カーネーションやチューリップ,ガーベラやジャスミンなどがあります。
 また,グリーン系リーフも様々な種類があります。記念日のギフトやブライダルブーケなどに使われることが多く,人気の花です。お飾りされる場合は,直射日光を避け,なるだけ湿度の低い場所にお飾りいただくとより長く楽しむことができます。

プリザーブドフラワー   松岡先生の作品


『婚活』とは

カテゴリー: - admin @ 2009年8月31日(月曜日) 10時58分35秒

 結婚アドバイザーとして,かれこれ十数年。此処には,男性・女性ともに「結婚すること」を目的とした多くの人が,様々な人生観や結婚観を抱えて入会してくる。

 結婚したいという目的ははっきりとしているのだが,しかしながら,自己分析が非常に甘い。
 昨今の傾向として,こんな人がいい・あんな人がいいといった自分の希望・要望ばかりを先行した考え方をする会員が,年々増加しつつある。それぞれ「目的」ははっきりとしているのだから,それに向けて攻略方法の術を身につけていくことを提案したい。

 これだけ情報化の進んでいる時代,ヒントを得るには事欠かないと考える。いわゆる「婚活」に関することが今や,テレビ・雑誌・・・で頻繁に取り上げられている。目に,耳にしない日は無いくらいだ。なぜ此処まで取り沙汰されている。
 これらは,あくまでも自分の知り得たい部分の解消のお役立ちと考え,個々のオリジナリティ溢れる方法を見つけていくことをお勧めしたい。土台は神代の昔から,変わっては無いのだから。情報に惑わされることなく,自身というものを構築していくこと。すべて自身の問題として捉える以外ない。自分を変えていくことが現状を変えることだと言うことを,是非とも早くに気付いていただきたい。自身の「まとめ」が大事だ。

 また,「結婚が出来ない理由」として,理由に次のような問題があげられている。<社会的な問題は,ここでは省く>

 ○ 出会いの場が無いこと(家と職場の往復のみ)
             (職場に女性がいない)
             (理想の男性がいない)
 ○ 跡取りなので    (長男・長女)

 出会いの場が無い?果たしてそうだろうか。
 出会いの場をセッティングしたら結婚できるのか?そうではないだろう。出会いのチャンスは多々ある筈。チャンスを逃していませんか。待ちの姿勢では先に進まないで当然のこと。条件に誓約されていませんか。とことん話す努力と,先に進む勇気を怠っていませんか。長男・長女に関しては難しい問題ではあるが,考えに柔軟性を持たせることによって打開策を見いだすことは出来ないだろうか。いずれも答えは自身で出さなければ,現況から抜け出すことは,難しいと考える。

 あわせて,いつも言うことではあるが,人間的魅力を磨いていますかと言うこと。案外ここが一番の問題なのではないだろうか。
 人としての惹きつけるものはあるか・・・常識的なものの考え,言動に注意しているか。相手に不快な思いをさせない服装に配慮しているか。相手を思いやる優しさはあるか。これらをクリアするべく日々精進すれば,案外容易い箏と思われる日が来るだろう。

 すべては自分自身だということを理解したい。本当の『婚活』とは自分なりに考えること,行動すること。


諸行無常

カテゴリー: - admin @ 10時33分13秒

 みなさんは、諸行無常という言葉を知っていますか。
 この世の現実存在はすべて、すがたも本質も常に流動変化するものであり、一瞬といえども存在は同一性を保持することができないことをいいます。もっと簡単に言えば、全てのものは、絶えず変化している。変化しないものなどこの世にはない!ということなのです。

 桜の花も咲いては散ってしまう。人もまたいつかは死んでしまう。時代は変化していく。景気やお店の繁盛ぶりも変化するし、食べ物は冷蔵庫に入れておかないと腐ってしまったり、お気に入りのTシャツもだんだん汚れてきたり穴が開いたりします。

 このように、物質というものは時間の流れと共に変化します。諸行無常って残酷ですね。
 しかし、諸行無常は物質界のことに限りません。また、残酷なこと、残念なことばかりではありません。

 私たちは、時としてやる気を失ったり、希望を失ったり、自信をなくしたりします。そして、行動を起こさなくなり、立ち止まってしまいます。変化することに価値を見出せず。「どうせオレには無理なんだ。」と自暴自棄になったりもします。
 ある時までは、理想に向かって頑張っていた自分もいたはずです。しかし、それにもかかわらず、何もかもやる気が起きず、そのような状態が、あたかも不変なものとなってしまったような錯覚に陥ることが、時として人間にはあるものです。
 しかし、それは、全くの思い込み以外の何物でもありません。なぜなら、それは真理ではないからです。この世は諸行無常であり、変化しないものなどないのです。万物は流転しており、一瞬たりとて、じっとしているものではありません。

 あなたは、呼吸をしますよね。当たり前な話ですが、呼吸をしている以上、絶えずあなたのお腹は呼吸のたびに動いているはずです。不変であることなどできません。不変であろうとすることは、早晩にあきらめなければなりません。なぜなら、例外なく万物は変化し続けているからです。
 であるならば、いっそのこと、変化する方へ意識を向けましょう。どうせ変化するのならば、自分の好きなほうへ変化したいものですよね。しかし、そう簡単に思い通りに変化できないのも世の常であります。

 では、まとめます。
 私たちは、
 ?不変であり続けることはできない。
 ?簡単には自分の好きな方へ変化することはできない。
 このような?と?の条件のもとに私たちは生きています。であれば、次のような結論が自ずと出てきます。
 
 結論:簡単に出来ることから始める。出来る範囲で変化する。
 物事はシンプルに考えましょう。

 できる範囲で変化するとはどういうことか?たとえば、散歩する。コーヒーを飲む。寝る。本を読む。歌う。etc・・・。
 このようなことから自分を変化してみましょう。これだって立派な変化です。大事なことです。
 そして徐々に、徐々に、自分の好きなほうへ、理想に向かって、変化していきましょう。大事なのは、絶えず変化を意識することです。「変化し続けている真っ最中!現在進行形!」と思うことが大切です。

 変化を積極的に受け入れ、いかに変化していくかを想像し、行動することで、昨日の自分は、今日の自分へと確実に変化します。それでいいんです。
 私たちは、理想に向かって急激に変化しようと思うと、そんなに甘くない事を思い知らされます。そして、自信を失い、やる気をなくします。
 理想に向かうことよりも、まずただ変化することのみに意識を向けてみましょう。良い悪いではない、優劣ではない、上手下手ではない。ただ変化するだけでいいのです。そして、一瞬一瞬、絶えず変化し続けている限り、それが集積されて、やがて理想というものが現実となっていくわけです。

 「理想→変化→現実」ではありません。「変化+変化+変化+変化=現実=理想」です。
 まずは、力まずに変化することです。形に囚われず、無理せず変化し続けることです。諸行無常という真理に身をゆだねるわけです。
 理想は、うっすらと思い描き、目標は柔軟に掲げ、絶えず確実に変化し続けること肝心です。まずは、コーヒーを飲むところから始めましょう。それも立派な変化です。次はどうしますか?いろいろ思い描き、自分なりに変化していきましょう。


お手紙を書きませんか?

カテゴリー: - admin @ 2009年8月29日(土曜日) 09時43分28秒

 インターネットが普及した今,手紙を書く人はどのくらいいるのだろうか…。

 メールは今,送ればすぐ届くという通信手段で便利ではあるが,手書きの葉書や手紙を頂くと,なぜか嬉しい気持ちになる。
 確かに私自身も最近手紙を書くことが減っているように思う。忙しい現代人は,メールでも「お元気ですか?」と頂けば嬉しく思うが,ポストの中に“何か入っている”という感覚が私は大好きだ。書く手間も届くまでの時間も良いものである。
 
 私の友人に何かあるたびに手紙をくれる人がいる。彼女は若い女性なのだが,達筆な文字でその時あった事やお礼など,私を気づかう文章でありがたく思う。写真を撮ったら手作りのミニアルバムにして手紙と一緒に送ってくれる。このような気づかいの出来る女性は素敵だと思う。

 一年に一度の年賀状も毎年減っていると聞くが,寂しいものである。新年のあいさつのみでは意味があるのか?と言う人もいるが,年一度でも相手の様子が伺えるのである。

 手紙の文化をぜひ見直して欲しいと思う。
 暑中見舞いなどの季節の便りも,今年は何通も届かなかった。私自身も手紙や葉書を書いていないことに反省する今日この頃であるが,面倒だと思わず,手紙を書いてみたいと改めて思う。手紙はご機嫌伺いやお礼状で良い。
 メールで絵文字を使った「お元気ですか?」もかわいいものであるが,手紙の良さは封を開けるときの気持ち「何が書いてあるのだろう」というワクワクする思い,送った人の字で「お元気ですか?」という文字で,心がなごむものである。

 皆さんもお気に入りの便箋を見つけて,大切な友人へ,大好きな人へ手紙を書いてみませんか?

 皆さま,くれぐれもご自愛下さいませ。


うそとまことの女心・男心

カテゴリー: - admin @ 09時17分51秒

 最近、ある知り合いの御子息にお見合い相手をご紹介いたしました。堅苦しくないように、お茶の時間にホテルのカフェテラスでのセッティングです。
 30代半ばの男性と30歳になったばかりの女性。身上書からも年齢的にも申し分ない組み合わせです。
 きっかけづくりをした後は、お二人にまかせ・・・食事にいったりメールをかわしたりと順調に交際は進んでいるように見えました。
 しかし、話を聞いてみるとそんなに簡単にいくものではないことがわかりました。

 その女性が言うには、「相手の男性に結婚の意思が見えない」と。男性はつきあってもいいけど、結婚はわからないというような口ぶりです。それならなぜ、お見合いを?と疑問が渦巻きます。結婚の意思がないのなら、最初に仲介者を通してお断りをするのがお見合いのルールです。私は男性の親御さんにその旨の連絡を入れました。親御さんが言うには、「付き合ってみないとわからないから」と本人は言っているとの事でした。ご紹介した女性はとても聡明でかわいい女性で、同性から見ても魅力的な女性です。

 人生の伴侶は、親といる時間よりも長くなります。そんな大切な人を決めるのに急いでは良い結果が得られないと考えるのも当然です。しかし、なぜお見合いをしたのに結婚を前提にお付き合いをするときっぱりと言えないのか府が落ちません。
 そこで私見ですが、女性の話から男性の心理をいろいろと推測してみました。

 その1 結婚をあせっている男と思われたくない・・・というプライド。
 その2 いずれ結婚を、と考えているが現実にそれが目の前に迫ってくると後ずさりする・・・その理由として、今の生活が安定しているから(楽だから)。
 その3 お見合いと思われたくないので、恋愛期間を長く持ちたい。

 このどれも当てはまらないかもしれませんが、隠れた心の奥にある気持かも知れません。
 女性は臆面もなく、お見合い結婚したいということを口にしますが、男性は恥ずかしいことなのでしょうか。

 私は今、「いばらき出会いサポートセンター」の運営委員をしていますが、出会いの場を提供することはできても、結婚に至るまでの恋愛をするのは当人同士です。そこまでは誰もサポートできません。
 時に恋愛には駆け引きが必要な場合もあるでしょう。しかし、結婚に至る気持ちには、素直な気持ちを出してほしいと願います。
 決してきれい事だけでは済まされない結婚ですが、だからこそ、本当の自分をさらけ出す自己開示が必要となります。そのあなたを受け入れてくれる人があなたの伴侶となる人です。

皆さんも、素敵な出会い、素敵な恋愛を通し、幸せを引き寄せてくださいね。


幸せの道程

カテゴリー: - admin @ 2009年8月26日(水曜日) 09時05分47秒

 “災難は忘れた頃にやってくる”ではないですが、また新型インフルエンザが感染拡大を始めました。始めた、というより日本で発生が確認されて以来、静かに潜行していたことは間違いありません。
 春先に感染が広まりだいぶ騒がれましたが、いつの間にか「もう終わったのだろう」という感覚で、終息したように捉えられていました。ところが沖縄で死者が出るなど、全国的な感染の拡大が確認されています。
 厚生労働大臣は「本格的な流行がはじまった」と宣言しました。大臣いわく「われわれの油断もあった」ということですが、あくまでも新型ウィルスが原因であることは言うまでもありません。秋から冬にかけての蔓延が心配されます。

 さて、われわれは、この人生で何を求めているか?健康で暮らしたい、お金をたくさん稼ぎたい、いい人と結婚したい、いい会社に入って出世したい、社会に認められることをして称賛されたい、その他いろいろ自分にとっていいこと、端的に言えば“幸せ”を求めて生きていると言って、おそらく間違いはないと思います。誰しも不幸になろうと思って生活している人はいないはずです。
 しかし、そうたやすく望みが叶えられるわけではないことも、また事実です。みんな願望はもっています。「願いは実現する」といういいかたがありますが、果たして願いだけで実現するのだろうか。
 「ああしたい」「こうなればいいな」のレベルの願いでは、とうてい無理でしょう。願いを、強烈なイメージとして鮮明に描き、それを目標に定め達成の覚悟を決める、という工程があって実現に向かうのだと思います。そして、当然ですが、“求める結果に応じた努力をする”ことが大切になります。どうも近年は地道な努力を軽視する風潮があるような気がしてなりません。

 ここで問題です。近所のコンビニへジュースを買いに行くのと、アフリカへ行くのと、どちらが難しいと思いますか?「なにいってんの、そんなのコンビニのほうが簡単じゃん」。ごもっともです。みんなそう思いますよね。コンビニは、玄関からサンダルをはいて数分歩けば目標達成で、簡単。アフリカは、どうやって行くのか、なにを持っていくのか、手続きはどうするのか、などなどやることがいろいろありますね。
 ここで発想転換。どちらも自らの口と手と足を動かして行動します。アフリカは難しい、と頭から意味づけをしていませんか?考えてみれば、どちらもやることは同じです。そう、自分の口、手、足を使って動くだけです。ただし、アフリカの場合は、一定の時間がかかる、ということです。

 「簡単」「難しい」という意味づけは無用です。やると決めたらやるべきことを、自分の口と手と足を駆使して一歩一歩地道な行動を積み重ねていく。コンビニとアフリカの例でなくても、同じです。求める結果があるのなら、それに応じた原因をつくる、つまり、行動(努力)するということです。原因なくして結果なし。出てくる結果には、かならず原因があります。ただなんとなく、わけもなく起きることは世の中にありません。そして、自分に起きる結果は、自分が作ったものです。
 いや、そんなことはない、人のせいだ、世の中のせいだ、という声が聞こえてきそうですが、そんな環境要因を甘んじて受けてきたのもあなた、不遇や不都合をバネにして禍を転じて福と為したのもあなたなのではないでしょうか。

 “幸せの原因は自分にある”そして“求める結果に応じた努力をする” ことを念頭に置いて、しっかりと幸せの原因を積み重ね、求める幸せをつかみましょう。


幸せになるお金の使い方とは?

カテゴリー: - admin @ 2009年8月20日(木曜日) 15時44分40秒

 最近、お金を貯め込む若者が増えているという情報をTVや新聞で知りました。その理由は将来が不安、年金が当てにならないという理由からだそうです。
収入の何分の一かを将来に備えて貯蓄することは大切なことです。なかなかしっかりしている若者が多いんだなあと感心していました。最近は男性もお弁当を作ってなるべく外食しない、服もあまり買わない、飲みに行ったりもしない、人の意見に合わせるのが面倒なので彼女もつくらない。つまり、できるだけお金は使わず、人間関係も希薄になっているという若者が増えているという内容だったと思います。
 実態がわかってくるとだんだん怖くなってきました。全部の人がそうだとは思いませんが、こういう人たちが多くなるとお金の循環が悪くなって、景気がますます悪くなりそうです。そして疑問が湧いてきました。「彼らは何の為に生きているのだろう、何が楽しみなのだろうか」と。

 「衣・食・住足りて礼節を知る」ということわざがあるように、最低限生活に必要なお金はないと困りますが、「地獄の沙汰も金次第」というようにお金が多くあり過ぎて困ることはないようです。お金は野菜のように腐ったりしないので便利です。そうかといって、お金だけあっても幸せになれません。お金は行動を起こすための一種のエネルギーだからです。お金は神様やご主人様ではないので、「お金の為に○○をする」というような、お金の奴隷(守銭奴)になってはいけないのです。お金を貯め込み過ぎるのもおすすめできません。お金に使われるのではなく、お金を使うという主体性が大事です。稼ぐことと使うことと貯蓄のバランス感覚が大事です。

 また、お金は汚いもの、人を堕落させるという人がいますが、その人の意識がお金に投影されてそう見えると言われます。お金自体は良くも悪くもない中庸のものなので、使い方によって、お金は有難いものにも汚いものにもなる鏡のような存在であるとも言えるでしょう。
 お金を使うことによって、資格を取ったり、習い事をしたりと自分を磨く事が出来ますし、いろいろな所へ旅行して人と出会ったり感動したり、友人と飲会で楽しく語り合ったり、家族や友人、恋人にプレゼントをしたり、自分で事業をはじめたりなどいろいろな行動がとれるわけですが、金額が多くなると行動範囲も格段と広がります。

 さて、今世界中が景気の低迷という状況の中で、どうお金を使うべきか、使わないで貯蓄に回すのが得策なのか、外貨や金やプラチナで保有したほうがいいのではないか、といろいろ悩まされる毎日です。
 私の考えとしては、今日本はデフレ傾向にあるので,節約しつつも必要と思った物は買った方がいいと思います。インフレになると円の価値が目減りして後では買えなくなる恐れがあるからです。

 預金については、30歳過ぎている人は老後の備え用、目的のための貯蓄、当面の生活費用と口座を分けておくと使い過ぎを防げます。今の時代は、会社の退職金制度が崩壊しつつあるので早いうちから少しずつ老後の費用の準備を始めたほうが安心です。日常出し入れをする生活費用の口座は普通預金にして、他のすぐ使わないお金は金利の高い金融商品で運用することも考えましょう。ただし、途中で引きだすと元金が保証されないものなどありますので、よく調べて目的に応じて分散して預けるなどの工夫が必要です。株式などのハイリスクハイリターンなものへの投資は余裕資金で行うことが原則です。余裕資金とは、当面使う予定がないもの、なくなっても困らないお金のことです。

 資産運用の世界には「お金に働いてもらう」という言葉があります。多くの日本人は資産を運用して増えたお金をさらにまた運用に回すそうですが、アメリカ人の場合は自分が働かない間に増えた分のお金と浮いた時間を家族と一緒に過ごしたり、食事に出かけたりするのに使って、生活を豊かにするというのを聞いて、とても共感できました。お金を人の喜ぶことに使ったり、大切に使うことで周りの人も幸せにすることがきます。

 いろいろお金に関する本を読んで私は共通の要点を見出すことができました。「幸せな小金持ちになる条件」というのがありますが、その要点とは「健康」と「豊かな心」と「お金の知識」です。病気になると治療費に大金が使われたり、働けなくなったりします。健康であることが一番の条件になります。それから、世の中は法律を知っているのが当たり前という前提で成り立っています。特にお金に関しては、知らないことが大損につながるケースがよくあります。

 日本社会もアメリカのように徐々に「老後の生活は自己責任で」という時代になってきています。若い時から自分の人生に責任と関心を持って、人生最後まで心身の健康と経済面の健康を保って幸せでありたいものです。

 私も皆様のお役に立てるように、勉強していきたいと思います。


婚活と自分磨き

カテゴリー: - admin @ 14時30分39秒

テレビドラマの影響もあってからか、「婚活」という略語が市民権を得た感がします。
婚活=結婚するための活動。就活と同意語で多分若い人の中から出てきた言葉でしょう。

でも、言葉は最近のものであっても、「婚活」は地球上に生物が生まれたときから営々と続いてきたものに他ならないのです。地球上のあらゆる生き物たちが、子孫を残すためにパートナーを求める努力をし、その結果繁栄してきたわけです。
われわれ人間と動植物を一緒にするのもどうかと思いますが、あるものは美しく、あるものは強く・・・、行動はあまり変わらないのではないでしょうか。「草食系」「肉食系」という言葉などそのものずばりでしょう。

「婚活」という言葉は最近のもののように聞こえますが、私たちも(あなたたちの親の世代です)、「婚活」をしていたのです。特に女性が。花嫁修業という名のもとに、いかに自分を高く売り込むか(もちろん本人にはそのような自覚はありませんでしたが)努力を惜しまなかったわけです。お華にお茶、お料理、洋裁、和裁、編み物、着付け・・・、金融機関に勤めていた私でもこれだけこなしていたのですから。私の場合は、もちろん全部中途半端に終わりましたが、なかには花嫁修業では終わらず、その道を極めプロになって事業として立派にやっている人もいます。

こういう形での「女たちの婚活」は、かなり前の時代から受け継がれてきたのです。もっともその時代には、女性自らの意思ではなく、教養を磨かせるという形で、家にとって娘を高く売り込むことが家の繁栄につながることでしたから。平安時代、紫式部や清少納言が現れたのも、貴族の子女の教育係りだったわけです。

話がそれました。ただ、現在と違うことは、女性たちにはその才能を自分から売り込むすべがなかったということです。誰かが(たとえば仲人好きな周囲の年配者とかが)私の存在に気づいてくれるのを、じっと待っていたという、なんとも情けない話ですが。でも、それでも誰もがいつかは結婚できたのです。もちろんそれらに頼らず、自分で相手を探してさっさと恋愛結婚する人は多くいましたが。

現在は、その気づいてくれる人が(お節介な人たちが)いなくなってしまった、その代わりに公設、民間を問わず仲介してくれる業者が数多く現れてきました。そこで勘違いしてはいけないのは、そこに登録すれば相手が見つかると思い込んでしまうことです。その後も婚活は続けなければならないのです。逆に以前にもまして。仲人口というものがありませんから、そこでは100%自分の魅力を発揮しなければならないのです。でも、自分の魅力を過大評価している人も多くいるような中でのパートナー探しは厳しいものがあるようです。自分の評価を正しく知った上で、相手を選ぶのも重要な婚活のポイントと感じております。

 「婚活」=「自分磨き」であるということ、そしてそれに結果がついてくる。
 永い間、この仕事をしてきた経験から、若い人たちへの「エール」として「婚活」の勧めを送ります。


「まちづくり」のすすめ

カテゴリー: - admin @ 2009年7月29日(水曜日) 12時53分40秒

 「まちづくり」よく聞く言葉です。「まちづくり」それは自治体ではなく,そこに住む人たちが考え,そして創り上げていくものだと思うのです。
 そのためには,まず「まち」を知ることが大切です。で,「まち」を知るためには「まちを歩く」ことから始めるのです。歩くことで車だと見過ごしてしまうものが見えてくるのです。車では,車のスピードでは気がつかないものに「あるく」ことで出会うことがあるのです。
 で,何かに出会ったら立ち止まってみる(見る)。立ち止まって感じる・知るのです。知るところから「何かが」始まるのです。そこで自分たちが住んでいる「まち」を知る。これは「まちづくり」にとって,とても大事なことなのです。
 自分たちが住んでいる「まち」を知る。まちづくりのスタートはここなのです。そして,それが光や風であったり,空であったり,季節であったり,花であったり,古い家であったり,人であったり,そしてそれらを知って見つけて出会って楽しむ。楽しみ方はいろいろあっていいと思うのです。だから「楽しむ」これがまちづくりのキーワードだと思うのです。

 私たちが行っていること(ビーチ・クリーン,映画の上映会,フリーマーケット,コンサート等)は歩いて感じたことから始めたのです。そして「自分たちが楽しめないものは他の人も楽しむことはできない」まあ,勝手にそう思っていながらやっているのです。そこで問題はそれらを自治体に頼らず自分たちの責任で(頭と体,そしてお金を使って)行ってきたことです。まあ,毎回赤字を出しながらなのですが,自分たちの責任で行ってきたのですからそれはそれでいいと思っています。ようは楽しいことをしたいだけなのです。
 だから,私たちが今までにしてきたことは,「まちづくり」をするためにやってきたのではなく「自分たちが楽しんできた」ことが,結果として「まちづくり」になったということなのです。

 それで,今年で18年目になるのですが,ここまでくると,今ではいろいろなところからいろいろな人たちが私たちの催しに来ています。それでその人たちに理由を聞くと「ここで何か楽しそうなことをしているから来た」って,みんな同じ答えなのです。そしてその人たちは最初は一人で,次に友達を誘ったりして来ているんですね。そうして口コミで広がっていった。
 驚きました。私たちは繰り返しになりますが,ただやりたいことをしているだけなのです。

 で,話は「歩く」ことに戻るんですが,時々思い出したように家から勤務先までを車ではなく,歩いて通勤しています。距離としては片道約3キロくらいですからゆっくり歩いて約45分。それで時々コースを変えたりして歩くことを楽しんでいます。
 また,どこかに出かけたときも,予定より早めにその場所に着くようにして,そのまちを「ぶらぶら歩き」しています。函館,札幌,余市,青森,山形,仙台,東京,横浜,鎌倉,長野,名古屋,高山,大阪,倉敷,広島,松江,津和野,萩,徳島,熊本,沖縄。このスペースに書ききれないほど今までにいろんな「まち」を歩いてきました。疲れることもありますけど,歩くことってそれ以上に楽しいことなのです。
 そして,そこであらためて「まちづくり」って「歩くことから始まる」ことを知ったのです。


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